「親がもの忘れをするようになった」「自分が認知症になったらどうなるのだろう」——そんな不安を感じたことはないでしょうか。
認知症は、本人だけでなく家族の生活も大きく変えます。特に問題になるのが、お金と手続きです。判断能力が低下すると、銀行口座の管理や不動産の売却、重要な契約手続きが本人の意思だけではできなくなります。
この記事では、認知症になった場合に備えて、今のうちにやっておくべきことを「財産・法律・家族への情報共有」の観点から具体的に解説します。
認知症になると何が変わるのか
認知症とは、脳の機能が低下することで記憶・判断・行動などの能力が失われていく状態のことです。アルツハイマー型認知症のほか、血管性認知症、レビー小体型認知症などの種類があります。
認知症が進行すると、日常生活だけでなく、さまざまな法律・財産関連の手続きに影響が出てきます。
財産管理ができなくなる
判断能力が低下すると、銀行は「本人確認・意思確認ができない」として口座取引を制限することがあります。
- 預金の引き出しや振り込みができなくなる
- 定期預金の解約ができなくなる
- 不動産の売却や賃貸契約ができなくなる
- 株や投資信託などの金融資産が動かせなくなる
介護費用が必要なのに、本人の口座からお金が引き出せないというケースは珍しくありません。
契約行為ができなくなる
認知症によって意思能力(物事の意味や結果を理解して判断する力)が失われると、法律的に有効な契約を結ぶことができなくなります。
- 施設への入居契約
- 保険の解約・変更
- リフォームや修繕の契約
- 遺言書の作成
「認知症になってから遺言を書けばいい」と思っていると、手遅れになる場合があります。遺言書の作成については遺言書の書き方もあわせて参考にしてください。
詐欺・消費者被害に遭いやすくなる
判断力が低下すると、悪質な訪問販売や特殊詐欺の被害に遭うリスクが高まります。本人が「自分でやった」と思っていても、後から取り消せないケースも出てきます。
認知症に備える「財産管理」の手段
任意後見制度
任意後見制度とは、将来、認知症などで判断能力が低下した場合に備えて、信頼できる人に財産管理や法律行為を代わりに行う権限を事前に委任する制度のことです。
契約は公正証書で結ぶ必要があり、実際に後見人が活動を始めるには家庭裁判所に申し立て、「任意後見監督人」が選任される必要があります。
任意後見制度の主なポイント:
- 本人が元気なうちに契約しておくことが必要
- 配偶者・子ども・信頼できる友人・弁護士・司法書士などを後見人に指定できる
- 財産管理・介護施設の入退所手続き・医療契約などを代理できる
- 家庭裁判所が選任した「任意後見監督人」が後見人の業務を監督する
詳しい手続きについては、今後公開予定の「任意後見制度の仕組みと手続き」記事でも解説します。
家族信託
家族信託は、財産の管理・運用・処分の権限を信頼できる家族(主に子ども)に移す仕組みです。
| 項目 | 任意後見制度 | 家族信託 |
|---|---|---|
| 開始タイミング | 判断能力が低下した後 | 契約後すぐに開始可能 |
| 裁判所の関与 | 必要(監督人の選任) | 不要 |
| 対応範囲 | 身上監護・財産管理全般 | 主に財産管理 |
| 費用 | 公証人費用 + 監督人報酬 | 信託組成費用 |
| 向いているケース | 身上監護が必要な場合 | 不動産・資産の柔軟な管理 |
家族信託は裁判所の監督がない分、柔軟に財産を動かせるのがメリットです。ただし、任意後見制度では可能な「入院・施設入居の契約代理」には対応できません。両方を組み合わせるケースもあります。
法定後見制度(発症後の対処法)
すでに認知症が進行して判断能力が失われた場合は、家庭裁判所に申し立てを行い「法定後見人」を選任してもらうことができます。
ただし法定後見制度は、裁判所が後見人を選ぶため、必ずしも家族が選任されるとは限りません。また、財産管理に家庭裁判所の監督が入るため、自由度が制限されます。できる限り事前の備えが重要な理由はここにあります。
認知症に備える「情報整理」のポイント
財産管理と同じくらい大切なのが、本人の情報を整理して家族が把握できる状態にしておくことです。
資産・財産の一覧化
認知症が進行すると、本人が「どこに何を持っているか」を説明できなくなります。家族がわからないまま手続きに追われることになるため、元気なうちに財産の一覧を作成しておきましょう。
記録すべき財産の例:
- 銀行口座(金融機関名・支店名・口座番号)
- 不動産(場所・登記情報)
- 保険契約(保険会社・証券番号)
- 有価証券・証券口座
- 貸金庫・重要書類の保管場所
- 年金の受給情報
これらはエンディングノートの書き方を参考に、エンディングノートに記録しておくのが便利です。財産情報を整理しておくことで、万一の際に家族が迷わず動けます。
医療・介護の希望を書き留める
認知症が進行すると、医療や介護についての意思表示が難しくなります。判断能力があるうちに、以下の希望を記録しておきましょう。
- どこで介護を受けたいか(自宅・施設)
- 認知症が重度になった場合の延命治療の希望
- 介護してほしい人・施設の条件
- 入院・手術に関する希望
延命治療に関する意思表示の具体的な書き方は、リビングウィルの書き方で詳しく解説しています。
デジタルパスワード・口座情報の管理
認知症になると、スマートフォンやパソコンのパスワードを忘れてしまうことがあります。ネットバンキングやサブスクリプションサービスのログイン情報も、早めに整理しておく必要があります。
デジタル資産の管理方法については、パスワード管理ツールの選び方(終活目線)を参考にしてください。
家族でやっておくべきこと
早めに「お金の話」を切り出す
認知症の備えの中で、最も難しいのが「家族との話し合い」かもしれません。「お金や財産の話は気まずい」と感じる方も多いでしょう。
ただ、この話し合いを後回しにするほど、対応できる選択肢が狭まっていきます。介護が必要になる前の準備の記事でも触れているように、「まだ元気なうちに話す」ことが最も大切です。
きっかけとしては、こんな言葉が自然に使えます:
- 「最近、知り合いが認知症になって大変だったみたいで、私たちも少し準備しておこうかと思って」
- 「エンディングノートに書こうと思っているんだけど、一緒に確認してほしくて」
かかりつけ医との関係を作る
認知症の早期発見には、定期的な健康診断とかかりつけ医との信頼関係が重要です。物忘れが気になり始めた段階で相談できる主治医がいると、早期対応が可能になります。
また、任意後見制度や家族信託の手続きには「本人の判断能力の確認」が必要な場合があり、主治医の診断書・意見書が求められることもあります。
家族間での役割分担を話し合う
認知症の介護は長期にわたることが多く、特定の家族に負担が集中しやすい傾向があります。
- 財産管理・手続き担当
- 介護・通院の付き添い担当
- 連絡調整役
役割を事前に決めておくことで、いざというときに家族間でのトラブルを防げます。相続トラブルの防止策については、相続トラブルを防ぐ生前対策も参考になります。
認知症の早期発見・予防のために
気になるサインに早めに気づく
以下のような変化が見られたら、かかりつけ医や地域の認知症初期集中支援チームに相談しましょう。
- 最近の出来事が思い出せない(昔のことは覚えている)
- 同じことを何度も聞く・話す
- 日付や曜日がわからなくなる
- 慣れた道で迷う
- お金の管理が難しくなる
日常生活でできる予防の取り組み
認知症のリスクを下げる生活習慣について、研究が進んでいます。確実な予防法が確立されているわけではありませんが、一般的に以下のような取り組みが推奨されています。
- 有酸素運動の習慣化(ウォーキング・水泳など)
- バランスの良い食事(地中海食・野菜・魚中心)
- 社会的なつながりを保つ(趣味のサークル、ボランティアなど)
- 知的活動を続ける(読書、パズル、語学など)
- 生活習慣病の管理(高血圧・糖尿病・高脂血症の治療)
- 十分な睡眠をとる
これらは認知症だけでなく、心臓病や脳卒中の予防にもつながります。
そなえで認知症の備えを家族と共有する
認知症への備えは、「書き留めること」と「家族に伝えること」が両輪です。どちらかだけでは不完全です。
「そなえ」では、財産情報・医療・介護の希望・家族へのメッセージをデジタルで整理・管理できます。
- 任意後見人の候補者や担当者情報を記録
- 財産の一覧を安全に保存し、家族と共有
- 医療・介護の希望をエンディングノートにまとめる
- もしもの時に指定した家族へ自動通知
「元気なうちに整理する」という一歩が、将来の家族の安心を作ります。
まとめ
認知症への備えで最も大切なのは、判断能力があるうちに動くことです。
今日から始められることをまとめると、次の3点です。
- 財産の一覧を作成し、エンディングノートに記録する(銀行・保険・不動産の情報)
- 任意後見制度や家族信託について、信頼できる家族や専門家に相談する
- 介護・医療に関する希望を書き留め、家族と共有する
認知症はだれにでも起こりうる病気です。「自分はまだ大丈夫」という思いを一度脇に置いて、今の判断力があるうちに備えておくことが、本人にとっても家族にとっての最大の安心につながります。